自己紹介

宗教学に親しみ、40年を経ました。近代形成期から現代までの日本の宗教史の研究を中心に、現代世界の諸地域の宗教のあり方の比較研究を進めてきました。この10数年は、医療と関係する領域での仕事が増えてきて、死生学という新たな領域に踏み込んでいます。人文社会系の諸学問領域に関心があり、不勉強を承知で手を広げてきました。しかし、人間の死生や生き方、そしてともに生きることの喜びと悲哀の近くで仕事をしていきたいという気持は変わっていません。

(A) 1999年以後の著書
1)単著
『時代のなかの新宗教――出居清太郎の世界1899-1945』弘文堂、1999年12月、viii+268ページ
『ポストモダンの新宗教――現代日本の精神状況の底流』東京堂出版、2001年9月、vi+270ページ
『〈癒す知〉の系譜――科学と宗教のはざま』吉川弘文館、2003年3月、8+266+19ページ
From Salvation to Spirituality: Popular Religious Movements in Modern Japan, Trans Pacific Press, 2004(September), pp. x+348.
『いのちの始まりの生命倫理――受精卵・クローン胚の作成・利用は認められるか』春秋社、2006年1月、v+326ページ
『現代救済宗教論』(復刊選書)青弓社,2006年10月、254ページ(1991年7月、同社より刊行したものの復刊)
『スピリチュアリティの興隆――新霊性文化とその周辺』岩波書店、2007年1月、xiv+314+17ページ
『精神世界のゆくえ――宗教・近代・霊性』秋山書店(新版)、2007年5月、13+382ページ
『宗教学の名著30』筑摩書房、2008年9月、286ページ
『国家神道と日本人』岩波書店、2010年7月、xiv+237ページ
『日本人の死生観を読む』朝日新聞出版、2012年2月、iv+244ページ
『現代宗教とスピリチュアリティ(現代社会学ライブラリー8)』弘文堂、2012年12月、149ページ
『つくられた放射線「安全」論』河出書房新社、2013年2月、265ページ
『日本仏教の社会倫理――「正法」理念から考える』岩波書店、2013年9月、xii+281ページ。
『倫理良書を読む――最後に生き方を見直す28冊』弘文堂、2014年2月、268ページ
『国家神道と戦前・戦後の日本人――「無宗教」になる前と後』河合文化教育研究所、2014年9月、94ページ
『宗教・いのち・国家–島薗進対談集』平凡社、2014年10月、243ページ
『物語のなかの宗教–NHKラジオテキストこころをよむ』NHK出版、2015年1月、192ページ
『いのちを”つくって”もいいですか?--生命科学のジレンマを考える哲学講義』NHK出版、2016年1月、238ページ
『宗教を物語でほどく--アンデルセンから遠藤周作へ』NHK出版、2016年8月、317ページ。
『宗教ってなんだろう』平凡社、2017年2月、224ページ。

2)共著
『中山みき・その生涯と思想――救いと解放の歩み』(池田士郎・関一敏と共著)明石書店、1998年4月、254ページ、(第2部第1章「疑いと信仰の間――中山みきの救けの信仰の起源」[再録]71-117ページ、第2章「中山みきと差別・解放――疑いと信仰の間・後記」118-134ページ、及び、鼎談「中山みきの軌跡」185-247ページ、を担当)
『はじめて学ぶ宗教──自分で考えたい人のために』有斐閣、2011年(岡田典夫、小澤浩、櫻井義秀、中村圭志と共著)、第1章「宗教と暴力──苦難・救済・非暴力」20-67ページ、執筆。序章「「宗教」とは何かを考える」1-19ページは中村圭志と共著)。
『低線量被曝のモラル』(一ノ瀬正樹・伊東乾・影浦峡・児玉龍彦・中川惠一と共著)河出書房新社、2012年2月、351ページ
『科学・技術の危機と再生のための対話』(池内了氏との対談)合同出版、2015年10月、295ページ
『愛国と信仰の構造–全体主義はよみがえるのか』(中島岳志氏との対談)集英社、2016年2月
『人類の衝突–思想、宗教、精神文化からみる人類社会の展望』(橋爪大三郎氏との対談)サイゾー、2016年9月
『近代天皇論–「神聖」か、「象徴」か』(片山杜秀氏との対談)集英社、2−17年1月

(B)2015年後の論文
「死生観の近世と近代」『シリーズ日本人と宗教――近世から近代へ』(高埜利彦・林淳・若尾政希と共編)「第3巻 生と死」春秋社、2015年1月、3-24ページ
「科学・社会・倫理を関連づけて捉えること–加藤尚武氏「臨床と予防–放射線障害の認識論」に応答する」『死生学・応用倫理研究』第20号、2015年3月、178−190ページ
「放射線の健康問題の生命倫理的な次元とその討議」同前、155−156ページ
「[コメント]災害の記憶を伝える文化装置 保立道久氏、グレゴリー・ボサール氏へのコメント」同前、52−57ページ
「集団的自衛権と宗教界の反応」『宗教と現代がわかる本 2015』平凡社、2015年3月、168−173ページ
「現代科学技術の倫理的批判と超越性–唐木順三と武谷三男の論争の意義」金承哲・T.J.ヘイスティングス・粟津賢太・永岡崇・日沖直子・長澤志保・村山由美編『論集 近代日本における宗教と科学の交錯』南山宗教文化研究所、2015年5月、198−620ページ
「他者との関わり–法華=日蓮系新宗教における他者と公共性」上杉清文・末木文美士編『シリーズ日蓮5 現代世界と日蓮』春秋社、2015年5月、239-262ページ
「天皇崇敬・慈恵・聖徳–明治後期の「救済」の実践と言説」『歴史学研究』932号、2015年6月、26−37ページ
「原発の是非の倫理的問いと宗教界の声–仏教は原発に旗に生命を出すべきか?」小林正弥監修・藤丸智雄編『本願寺白熱教室–お坊さんは社会で何をするのか』法蔵館、2015年6月、115−130ページ
「宗教者と被災者–寄り添い型の支援活動の広がり」似田貝香門・吉原直樹編『震災と市民2 支援とケア』東京大学出版会、2015年8月、149−174ページ
「科学技術の破局的展開に抗するユダヤ思想–アウシュヴィッツ以後の『ユダヤ的なるもの』コメント」『京都ユダヤ思想』第6号、2016年1月、101−10108ページ
「国家神道の形成と靖国神社・軍人勅諭–皇道思想と天皇崇敬の担い手としての軍隊」、明治維新史学会編(高木博志・谷川穣担当編集)『講座 明治維新11 明治維新と宗教・文化』有志舎、2016年3月、129−159ページ
「福島原発災害への仏教の関わり–公共的な機能の再発見の試み」、磯前順一・川村覚文編『他者論的転回–宗教と公共空間』ナカニシヤ出版、2016年3月、259−289ページ
“Questions Raised by the Nuclear Power Accident of March 11, 2011”, Journal of Cultural Interaction in East Asia, Vol.7, March 2016, pp.35-45
  「死生観と持続可能性--現代人の探求と社会的応答の可能性」棚澤能生編『持続可能社会への転換と法・法律学』早稲田大学非核法学研究所、2016年3月、17−41ページ。
「原発被災者への支援-―被災地の宗教者を中心に」宗教者災害支援連絡会編(蓑輪顕量・稲場圭信・黒崎浩行・葛西賢太編『災害支援ハンドブック―-宗教者の実践とその協働』春秋社、2016年6月、191−203ページ。
「宗教者と研究者の新たな連携―-東日本大震災支援活動が拓いた地平」宗教者災害支援連絡会編(蓑輪顕量・稲場圭信・黒崎浩行・葛西賢太編『災害支援ハンドブック―-宗教者の実践とその協働』春秋社、2016年6月、225−239ページ
「明治維新は世俗的変革か?--安丸良夫の国家神道論と宗教論の展開」『現代思想 臨時増刊号 安丸良夫--民衆思想とは何か』青土社、2016年9月号、250−261ページ。
「放射線被曝に関する「精神的影響」評価と科学者の立場性」『精神医療』84号、特集:「国家意志とメンタルヘルス」、批評社、2016年10月、51−57ページ。
「新宗教研究と近代性の理解–戦後の宗教社会学とその周辺」池岡義孝・西原和久編『戦後日本社会学のリアリティ』(シリーズ社会学のアクチュアリティ:批判と創造)東信堂、2016年10月、203−229ページ
「ケアの実践のための研究はなぜ容易でないのか?」『看護研究』49巻7号(特集:研究の意味 多領域との対話から)、2016年12月、547−551ページ
「神道と国体論・天皇崇敬」『現代思想 臨時増刊号:神道を考える』2017年1月、72−80ページ
「天皇の生前退位と象徴天皇制–「神聖な天皇」を尊ぶ立場」『現代の理論』2017年1月、30−38ページ
「近代仏教の構造を捉える―-葬祭仏教とその枠を超えるもの」『中外日報』2017年1月20日号
“Restoration of the Authoritarian State and Opposition by Religious Forces: Politics and Religion in Japan in the Early 21st Century,” Sophia Journal of Asian, African and Middle Eastern
“Religion and Publix Space in Contemporary Japan: Re-activation of the Civilization of the Axial Age and the Manifestation of State Shinto and Buddhism,” Christoph Bochinger and Joerg Ruepke, eds., Dynamics of Religion: Pat and Present, De Gruyter, 2017, pp.31-46
「神道政治連盟の目指すものとその歴史–戦後の国体論的な神道の流れ」塚田穂高編『徹底検証 日本の右傾化』筑摩書房、2017年3月、302−321ページ
「日の丸・君が代が規律づける身体と精神の自由–卒業式等で処分事件が続くのはなぜか?」『身体変容技法研究』第6号、2017年3月、32−40ページ
「近代宗教史のなかの内村鑑三–初期の著作の力とその源泉」『内村鑑三研究』第50号(2017年号)、2017年4月、3−22ページ
「原発事故の精神的影響と放射線の健康影響-―「過剰な放射線健康不安」を強調する見方の偏り」『学術の動向』第22巻第4号、2017年4月、50−55ページ。
「敗戦と天皇の聖性をめぐる政治-―「国体護持」と「国体のカルト」の制御」吉馴明子・伊藤彌彦・石井摩耶子編『現人神から大衆天皇制-―昭和の国体とキリスト教』刀水書房、2017年3月、29−52ページ
「存続した国家神道と教育勅語の廃止問題」『福音と世界』8月号、2017年8月、31−37ページ。
「被災者の被るストレスと「放射線健康不安」」『環境と公害』第47巻第1号、2017年7月、岩波書店、3−8ページ
「スピリチュアルケア―-その概念と歴史的展望」清水哲郎・会田薫子編『医療・介護のための死生学入門』東京大学出版会、2017年8月、227−258ページ
「ダークツーリズムと「人間の復興」–被災者の経験に学び、原発事故をともに記憶する」『臨床評価』第45巻第2号、2017年8月、403−412ページ

自己紹介 への2件のフィードバック

  1. 長松清潤 のコメント:

    ありがとうございます。
    はじめてメールをいたします。
    私は、横浜妙深寺、京都長松寺の住職をしております長松清潤と申します。現在、先生著述の「国家神道と日本人」を拝読しつつ、執筆を進めさせていただいております。重ねて、村上重良氏の数多の書籍、特に「国家神道と民衆宗教」の巻末に島薗先生の秀逸な文章が寄せられておりました。村上氏と島薗先生の御縁と学問的なスタンスを知ることが出来、かつ国家神道の概念についての複雑な問題をも知ることが出来ました。ありがとうございます。
    その文末には私の五代前の祖であり、村上氏が著述してくださった「佛立開導 長松日扇」について言及されていることもあり、重ねて有難く拝読しました。

    現在執筆に当たっておりますのは、世の中が注目している坂本龍馬と長松日扇の縁を通じたもので、長岡謙吉の著作とされている「閑愁録」を中心にしております。長松家は、明治2年に長松日扇自身が写した「随喜閑愁録」の原本を護持しております。しかし、その上書きに京都御府から板木ごと召し取られたとありました。長松日扇は文章の内容を絶賛しておりますが、当時は長谷少将が知事で広沢真臣らが陪臣、しかし玉松操、樹木茂国などの激烈な神仏分離、廃仏毀釈が激しくなっていた時でありました。

    不思議な符合が重なっておりまして、世の中がヒーローとして祭り上げている坂本龍馬や海援隊が、実は狂信的な神道国家(概念を整理せず、言い方が軽くて申し訳ありません)と真逆にいたこと、それを昭和37年の日露戦争で「神国」として二度目の対外戦争を行う時に皇后陛下の枕元に現れたとして利用されていくことなどを紹介し、世に、何らかを、問いたいと思っておりました。

    そのような中、先生の御著述は、まさに資料として至宝のものであり、学ばせていただいております。また、村上先生についても、島薗先生が概念の再構築に尽力されているほどの方だと分かり、そんな方が「長松日扇」を著述くださった御縁も、本当に、妙不可思議で、尊く、有難く思っております。

    今度とも、是非ご教導をいただきたく存じております。島薗先生の、益々のご活躍とご健勝を心より祈念申し上げます。

    あまりに感激して、調べ物をしている中で書き込ませていただきました。申し訳ありません。

    ありがとうございます。

    長松清潤拝、

  2. ni0615田島 のコメント:

    お世話になっています。

    なぜ山下俊一氏が福島に派遣されたか、
    それはやはり、
    先生がが仰ったとおり、
    重松氏=長瀧氏による「チェルノブイリテーゼ」の確立のためであったようです。
    「フォールアウトでは甲状腺がんしかない」という。

    それは、パリでのIAEA=WHO会議の骨格であり、
    日本財団によって後援された、放影研・長崎大学派が、
    その「国際舞台」の主役たらん、ということでもあるようです。

    しかし、その「確立」は、
    我が国の、「被ばく立国化」ないしは「被ばく大国化」を意味します。

    WEBで見つけた資料です。
    島薗先生はすでにお読みになっていらっしゃるとは思いますが。

    *笹川チェルノブイリ医療協力
    http://www.smhf.or.jp/activity/chernobyl.html
    *笹川チェルノブイリ医療協力事業を振り返って(対談録)
    http://www.smhf.or.jp/outline/pdf/chernobyl.pdf
    *月刊誌「原子力文化」で振り返るチェルノブイリ事故
    http://www.jaero.or.jp/data/02topic/cher25/monthly.html
    (このページからリンクすると、e-bookが読めます)

    9月18日のシンポジウムに期待しています。

    田島 拝
    http://ni0615.iza.ne.jp/blog/list/

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