放射線のリスク・コミュニケーションと合意形成はなぜうまくいかないのか?(1)――専門家側に責任はなかったのか?

 福島原発事故が1年半が経過しようとしている。放射線の健康影響について、この間に膨大な情報がやりとりされた。だが、未だにどこに真実があるのか、よく分からない。そう感じている人が多いだろう。今後、どれほどの健康被害がありうるのか、どのように対処すれうばよいのか、さまざまな評価や考え方があってよく分からない。大きな被害が及ぶのではないかと推測する人から、そうではなく被害は極小、あるいはほぼゼロだという人まであらゆるタイプの人がいて、錯綜し混乱している。分からないなら分からないなりの対応があってしかるべきだが、あたかも被害はほぼないとの前提で施策がなされているらしいが、なぜそうなのか。 

 専門家とされる科学者が情報発信し市民を導こうとしているのだが、その見解は大きく分かれている。政府寄りの専門家、つまりはこれまで原発推進の国際国内の機関と密接な関わりをもってきた専門家は「低線量放射線による健康への影響はない」、したがって避難や防護の措置にさほど手をかけなくてもよいという立場をとり、そうではない専門家は「健康への影響はありうる」ので避難する、除染する、食品の基準を厳しくし検査体制を強めるなどの防護策を早くとるべきだ、あるいはとるべきだったという立場をとる。
 専門家の対立する見解を前にして、比較的汚染度の高い地域の住民は、何を信じてよいのか分からず悩む。住民同士、あるいは家族の中でも受け止め方が異なるため、隠微な対立が生じてしまう。家族の崩壊の危機に直面している人たちも少なくない。福島県の広い範囲の人々の間にはやり場のない怒りや苦悩が蓄積している。その理由の大きな部分は、放射線防護をめぐる決定が政府や県により一方的になされており、異なる意見が無視されていると感じられていることによる。
 異なる見解があるなら、それをつきあわせて討議し、折り合えるとことは折り合って公共的な決定を行ってはどうか。ところが政府寄りの専門家は、狭い範囲の仲間の専門家の中でことを決して来ており、多くの公衆が開かれた討議による決定と見なしていない。福島県など放射性物質による汚染度の高い地域の人々が討議に参加するという機会ももたれていない。自分たちの懸念を述べ、対策に反映させるすべがなく、防護対策や補償をしたくない政府や県に見捨てられたと感じている住民が少なくないのだ。
 このような事態を招いたことについて、専門家、とくに政府寄りの専門家の側に責任があったと考えている人は少なくない。3.11以後、専門家(科学者・学者)が信頼を失ったという認識は広く共有されている。2012年版科学技術白書は、国民意識調査では科学者を「信頼できる」とする人が震災前の76~85%から65%前後に大きく低下したことを紹介している。「任せておけないと考える国民が激増しているのと比べ、専門家は信頼低下を深刻に捉えていないようだ」と厳しく指摘しているという(共同通信2012年6月19日)。これは原発の安全性に関する専門家の信頼度が大いに関わっていると推測されるが、放射線の健康影響の問題も関係がなくはないだろう。
 すでに2011年10月10日の日本経済新聞は、滝順一編集委員による「科学者の信用どう取り戻す――真摯な論争で合意形成を」と題する記事を掲載し、「科学者の意見が分かれて誰を信じてよいのかわからず、途方に暮れる。そんな状態が人々の不安を助長し、科学者への不信を増殖する。いま最も深刻なのは低線量放射線の健康影響だ」と述べていた。 http://shimazono.spinavi.net/?p=255  また、『中央公論』2012年4月号は吉川弘之日本学術会議元会長、元東大総長の「科学者はフクシマから何を学んだか―地に墜ちた信頼を取り戻すために」という文章を掲載している。
 吉川氏は原発に関わる「技術開発に関わる科学者の責任の重大さ」について述べたあとで、「加えて、「放射能の人体への影響」について、「専門家」たちのさまざまな見解が飛び交ったことが、大きな混乱を招く結果になった」と論じている。「放射能に関して言えば、それがどの程度人間の体に悪影響を及ぼすのかについて人類が蓄積したデータは、十分と言えるレベルにはない。広島、長崎や、チェルノブイリの結果を、そのまま横滑りさせることはできない。「持っている範囲の情報」さえも、有効に活用されることはなかったのである」。
 また、国会事故調(「東京電力福島原子力発電所事故調査委委員会」)報告書は、福島原発事故以前の放射線リスクの伝え方について、「放射線の安全性、利用のメリットのみを教えられ、放射線利用に伴うリスクについては教えられてこなかった」とし、まずそこに信頼喪失の原因があるとしている。事故後も放射線量の情報、また放射線が健康に及ぼす影響についての情報提供が不十分だったという。そのよい例は「文科省による環境放射線のモニタリングが住民に知らされなかったこと、学校の再開に向けて年間20mSvを打ち出し、福島県の母親を中心に世の反発を浴びた」ことだ。
 そしてこう述べる。「政府は「自分たちの地域がどれほどの放射線量で、それがどれだけ健康に」影響するのか」という切実な住民の疑問にいまだに応えていない。事故後に流されている情報の内容は事故以前と変化しておらず、児童・生徒に対してもその姿勢は同様である」。これは政府に対する批判として述べられているが、政府が全面的に情報提供や対策案の作成を頼って来た専門家にも向けられてしかるべきものである。
 国会事故調の委員長は吉川弘之氏に続いて日本学術会議会長を務めた黒川清氏である。1997年から2006年にわたって日本学術会議会長を務めた日本を代表するといってもより2人の科学者(工学者と医学者)が、放射線健康影響の専門家の対応が不十分であり、多くの市民の信頼を失わざるをえないものだったことを認めているのだ。
 くどいようだが、もう一人、日本を代表する哲学者にも登場していただこう。日本学術会議哲学委員会の委員長で、本年3月まで東北大学副学長だった野家啓一氏の「実りある不一致のために」『学術の動向』(2012年5月号)という文章を参照したい。野家氏はこう述べる。「おそらく政府関係者にせよ専門科学者にせよ、念頭にあったのはパニックによる社会的混乱の防止ということであったに違いない。しかし、そこで目立ったのは、むしろエリートたちの混迷ぶりであった」。「もどかしく思ったことは、原発事故から数ヶ月に被災者が最も知りたかった放射線被曝の人体への影響について、国民目線に立ったわかりやすいメッセージと説明が、皆無とは言わないまでも少なかったことである」。
 では、当の専門家たち、とりわけ住民の怒りをかった専門家、すなわち政府側で放射線情報を提供してきた当の専門家たちはこの事態をどう認識しているのか。自分たちの側に不適切なところがあったという認識をもっているのだろうか。
 3.11後に福島県立医大副学長となった、広島大原医研所長の神谷研二氏の理解を見てみよう。同氏は2011年12月22日に報告書を提出した「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」に提出した書面http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222b.pdf においてこう述べている。
 「福島原発事故後、放射線の単位や放射線情報が氾濫した。しかし、住民には、放射線データの意味や評価が十分に説明されず、専門家の意見も異なった。即ち、リスクコミュニケーションの不足が、住民の健康に対する不安を増幅した。LNTモデルによる低線量放射線のリスク推定は、その可能性の程度を確率的に推定するものである。従って、リスクを確率論的に捕らえることと、リスクの比較が重要であるが、国民はそれに慣れていない。国民もメディアも、シロかクロかの二元論でとらえる傾向があった。これを克服するためには、国民全体の放射線リテラシーが必要」。
 「十分に説明されず」という政府や専門家の側の問題がいちおう触れられているが、専門家側の問題についてはそれ以上、述べられない。そしてもっぱら国民の側のリテラシーの不足が問題なので、リテラシーを高めるべきだという結論になっている。あたかも専門家側に省みるべき点はほとんどなかったかのような論調である。
 神谷研二氏とともに福島医大の副学長に就任し、首相官邸の原子力災害専門家グループに加わり、その上福島県のリスクアドヴァイザーとして政府と福島県の放射線健康影響情報提供や防護策立案に深く関わってきた山下俊一氏の場合はどうだろうか。同氏は、同氏が拠点リーダーを務めた長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」が2012年3月に刊行した『福島原発事故――内部被ばくの真実』という書物(柴田義貞編)の「序」でこう述べている。
 「「放射能」「炉心溶融」「汚染」や「被ばく」などの言葉が現実的な恐怖を想起させ、原爆体験のみならず、9.11の 同時多発テロに似た感情や報道が錯綜しています。これは、放射能 が単に核兵器を連想させるだけではなく、放射能が内包する危険性に関する知識が正しく理解されず、日本国民全体にリスク論的立場で普段の生活を議論する力 が不足していたとも考えられます」。
 これについで山下氏は放射線健康影響について人々が適切な情報が得られずに苦しんだわけについて説明しようとしている、だが、そこには自らを含めた政府側の専門家の側に問題があったのではないか、との示唆はまったく出てこない。
  「公表された情報には信頼性が低いもの、科学的根拠が薄弱なもの、無責任に恐怖や不安を煽るものなども含まれ、情報の錯綜と混乱は東電や政府への不信感とも重なり、その深刻度を増していきました。その後も情報災害の様相は改善するどころか、福島にあっては風評被害の結果いわれなき差別や偏見に曝され、そのうえ現在も続く環境放射能汚染の地に暮らす住民の苦労は大きなものがあります。まさに錯綜する情報と不信感から、本事故の影響に関して暗澹たる不安と怒りが蓄積しています。」
  「情報災害」というなら、「直ちに健康に影響はありません」を繰り返した政府側専門家の情報提供は「情報災害」に寄与しなかったのだろうか。あるいは山下氏自身の「福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、なんでも福島。これは凄いですよ。もう広島、長崎は負けた。・・・何も しないのに福島有名になっちゃったぞ」「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。くよくよしている人に来ます」(『週刊現代』2011年6月18日号)といった発言はどうか。
 もっとも山下俊一氏自身は、2012年5月になって、ある弁護士の追究に対して過度の安全論の非を認めひっそりと謝罪している。日隈一雄弁護士の5月15日付けの公開質問状に対する5月31日1付けの回答においてだ。これは日隈氏のブログの6月冒頭部分に掲載されている。http://t.co/hM4lqFWF
 山下俊一氏はその書面でこう謝罪している。「私自身が現地でお話しした内容から、100mSv以下の安全性を強調しすぎたとのご批判と、そのために一部の県民の皆様に不安と不信感を与えたとするご指摘には、大変申し訳なく存じます。事故発生直後の非常事態に おける危機管理期から、その後の移行期において放射線の防護と健康リスクの説明の仕方が必ずしも円滑でなかったことは、私の未熟な点であり、謙虚に反省 し、その後、自戒の上で行動しています。」
 これは一歩前進かもしれないが、だが誰に対して謝るべきなのか。同氏の放射線リスク・コミュニケーションのどこがどのようにまちがっていたのか。今一つ明らかでない。これまで非は主に国民の側にあるかのように述べてきたとすれば、それは撤回するのかどうか。こうした事柄を明らかにしなければ、謝罪したことにはならのではないだろうか。
 このように山下氏の責任を問うのは、同氏が今なお、福島県の、また他地域の多数住民の放射線健康影響に関わる施策に関わる専門家の中心的存在であり、それに信頼感をもてない人々がきわめて多数に上るからだ。
 どうしてこんな事態に陥ってしまったのか。適切な情報発信や合意形成を行うことができず、公に政府寄りの専門家側のこれまでの非を認めて、新たな合意へ向かおうとする姿勢を示すことさえできないのか。これは3.11以前の状況を見直さないととても理解できそうにない。

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