閉ざされた科学者集団は道を踏み誤る ――放射線健康影響の専門家は原発事故後に何をしたのか?――

『日本の科学者』第39卷第3号、2014年3月、特集「原発過酷事故を倫理的・道義的に考える」、掲載。

1. 流出した放射性物質の健康影響問題にどう対処するか? 
 福島原発事故の直後に、原子力発電や放射線の健康影響に関わる科学者(科学技術に携わる人々)集団がどのような態度をとったかはよくよく吟味する必要があるだろう。科学者が科学者にふさわしい行動を取ってきたかどうか。そのことが市民と科学者集団との信頼関係を損ねるようなものでなかったかどうか。こうした問いに取り組んでいくことで、科学者の倫理性・道義性について、またそれを高めるための制度や仕組みについて考えていく手がかりが得られるだろう。ここでは、福島原発事故により流出した放射性物質の健康影響の分野の科学者集団の行動のある局面に光を当てていく。

 日本学術会議は東日本大震災後、放射線健康影響問題について早い段階で「放射線の健康への影響と防護分科会」を立ち上げた。この分科会の「設置目的」は次のように記されている。
平成23 年3 月11 日に発生した東北地方太平洋沖地震及びそれに起因する津波により東京電力福島第一原子力発電所は甚大な損傷を受けた。その結果、同発電所から放射性物質の流出という事象が発生し、周辺住民への避難指示等が出されるとともに、農産物、浄水場の水、海水等から同発電所を発生源とみられる放射性物質が検出されている。
国民は、政府等による発表、マスメディアによる報道、Web等からの大量の情報をどのように理解し、行動したらいいのか戸惑っており、また、我が国にはリスクコミュニケーションがあまり根付いていないため、健康や生活に対して大きな不安を抱いている。
このため、日本学術会議が、正確かつ役に立つ情報を国民に向けて発信することにより、国民が正しい知識に基づく行動を起こすことを支援するとともに、国民から健康や生活への不安を取り除くことを、この分科会の設置目的とする。
 この分科会は学術会議執行部が、東日本大震災対策委員会の緊急かつきわめて重要な課題を扱うため、9月末までの時限をつけて設けた3つの分科会の1つだった。他の2つは「被災地域の復興グランド・デザイン分科会」と「エネルギー政策の選択肢分科会」である。これら2つの分科会は4月20日に最初の会議をもち、精力的に7回の会合を開いて課題に取り組んでいる。

2. 放射線の健康への影響と防護分科会は2ヶ月以上、討議しなかった
 ところが、放射線の健康への影響と防護分科会の最初の会合はようやく6月24日に開かれ、そこで委員長を決めている(議事録は「各委員自己紹介に続き、佐々木康人委員を委員長に選出した」と記している)。そしてその後2回、あわせて3回会合を開いたにすぎない。6か月足らずの時限がある分科会であり、新たに12人の特任連携会員を加えて設けられたものだ。にもかかわらず、設置後2ヶ月半余りは会合を開かなかった。ちなみに日本学術会議は約2百人の会員と2千人の連携会員からなっている。会員・連携会員で分科会を構成するが、特別に必要という場合は特任連携会員を新たに任命するよう、日本学術会議に要請することができる。
 では、6月24日の第1回会合では何が話し合われたのか。この分科会は6月下旬まで1度も会合を開かなかったが。それまでの活動はゼロだったわけではない。では、活動にあたってどのように分科会の意志を決定したのか。それについて公表された記録がない。第1回会合の議事録には、委員長の説明があったとしてこうまとめてある。「当分科会は、国民への迅速な情報提供を、目的とする」「発足当時は週1回程度HP更新を予定し、まず資料5のような4コマスライドを掲載した」。
このスライドの内容はとても市民の理解に資するようなものではないことが明らかだったので、私は5月19日のブログ記事でその内容を批判した(http://shimazono.spinavi.net/wp/?m=201105 )。その経緯については、拙著『つくられた放射線「安全」論』(河出書房新社、2013年)の第一章にもあらましを記述している。

3. 討議する前から決まっていることとは?
これには日本学術会議内部でもかなりの反響があった。そのことについて、6月24日の第1回会合では、「しかし、予想以上に批判的な反応が多かったことと分科会発足時ほどの緊急対応を必要としない現状を考慮し、分科会の活動を再考する」とある。また、資料1~7の次に以下の記載がある。「その他資料(資料番号無し)、島薗進 宗教学とその周辺(ブログ)・日本学術会議会長は放射線防護について何を説明したのか?福島原発事故災害への日本学術会議の対応について」。私のブログ記事をコピーして配布したのだ。
つまり、ようやく6月24日になって開かれた最初の会合で私などの批判を受けて対応を協議したということだ。「緊急だから」という理由でだろうか、討議はせずにあるメンバーの意志でよく分からない情報発信をした。だが、批判があったこともあり、その後そのような発信はやめ他の形での発信もまったくしなかった。そして2ヶ月以上経過して、初めて会合をもち、対応策を協議した。
委員の自由な発言がまとめられているが、最初のものには「本会は、金澤前学術会議会長の強い意向を受けて発足した」とある。そして金澤一郎会長の意見は「…非科学的な恐怖が多すぎる。科学的根拠に基づき、「正しく怖がる」という提言が必要」というものだったという。会長がその意志をもっているので、それに従おうと示唆するものなのだろうか。またこの委員は、4コマスライドは分かりにくいという批判はもっともだが「放射線を怖がっている人からの反応が多かった」とも述べている。「低線量の長期被曝については過去の事例を含め、情報が少ないことが問題との意見もあった」という。だが、それについて討議した記録は残されていない。
討議らしい討議はないのだが、次に何をやるかはこの会議の前に決められていた。議事録には、「7月1日に緊急講演会(資料7)を予定している。このような、市民との対話が当分科会の重要命題と考えている。なお、この講演会をリスクコミュニケーションの場と位置づけており、異なる意見を持つ講演者に依頼した」とある。もちろん開催1週間前のこの時までには講演者は決まり依頼もすんでいるはずだ。いったい誰がどのようにしてこの案を決めたのか。

4. 緊急講演会「放射線を正しく恐れる」
では、七月一日の緊急講演会とはどのようなものだったか。日本学術会議緊急講演会「放射線を正しく恐れる」だ。 http://t.co/F5UaxE6Iqw その開催主旨には「東日本大震災後、放射能や放射線に関する様々な情報が大量に発信され、多くの国民は放射線の身体への影響等に関する漠然な不安を日々感じている。本緊急講演会は、放射線に関する第一線の研究者の講演並びにパネル討論により、国民へ現時点での正しい情報を伝え、国民の不安の解消を図るとともに、国民の放射線 へのリテラシーの向上を図ることを目的とする」とある。
この主旨文について科学技術社会論を専攻する東京工業大学の調麻佐志氏が批判的に取り上げている。(「奪われる「リアリティ」―低線量被曝をめぐる科学/「科学」の使われ方」(中村征樹編『ポスト3.11の科学と政治』ナカニシヤ出版)。調氏によると、この「講演会は、「科学知識の獲得が不安・懸念を減らす」といういわゆる「欠如モデル」として「批判されているような市民(知識・情報の受け手)像に基づいて企画されている」。
「欠如モデル」とは科学者が確かな知をもっているが、市民はそれが欠如しているという前提の下に「正しい情報」を教えて導くという考え方で行われるコミュニケーション・モデルだ(藤垣裕子「受け取ることのモデル」藤垣裕子・廣野喜幸編『科学コミュニケーション論』東京大学出版会、二〇〇八年、吉川肇子「危機的状況におけるリスク・コミュニケーション」『医学のあゆみ』第二三九巻一〇号(長瀧重信企画「原発事故の健康リスクとリスク・コミュニケーション」二〇一一年一二月))。市民に「欠如している放射線 へのリテラシーの向上」を目指す、あるいなそれ以上に専門家の言うことをそのまま受け入れて、それによって「漠然な不安」の「解消」を図るものだ。
調氏はここでは、「当時の日本の状況において、放射線について「漠然な」不安がないことこそが正しい状態であるという日本学術会議の判断が開陳されている」と述べている。講演会では山岡聖典氏が放射線ホルミシス効果(低線量放射線は健康によい作用があるとの説)について述べている。調氏は言う。「まとめると、緊急講演会において主催者は、定説とみなされる段階にはまったく至っていない放射線のポジティブな影響を示唆する仮説を動員し、しかも、それよりは有力とされるネガティブな影響を示唆する仮説が存在するにもかかわらず同等に扱わないまま、“国民への現時点での正しい情報を伝え、国民の不安の解消を”試みたのである」。
このような講演会は学術機関として適切といえるだろうか。調氏は「国民の不安を解消すること、それ自体が緊急講演会の主目的であり、「正しい情報」はよくいえばその手段、悪くいうと方便であったとみなされても言い訳のしようがない」と論じているが妥当な論評だろう。

5. 「不安の解消」が「不信の増大」を招く
しかし、このようなやり方で市民の不安がやわらげられただろうか。「不安の解消」が目的に掲げられているが、多様な見方があることを隠し、異なる立場の専門家や学者を排除し、ある立場から一方的に「正しく恐れる」ように市民を導こうとするのは逆効果かもしれない。何かが隠されていると感じる市民はそのことで「権威ある」立場からの情報提供に不信感をもち、実際にはかえって不安を強めるかもしれない。そもそも健康影響があるかどうかという疑問が起こる可能性を排除した情報発信なので、そのことについて学びたい市民のニーズにそっていないのだ。
はっきりしているのは、1)この分科会はほとんど討議していない、2)放射線の健康影響につき注意すべきだという立場の学者をメンバーにしようとした形跡がない、3)「正しく怖れる」ための情報発信を是とする立場への異論はまったく記録に残っていないということだ。討議を行わない、また、共同の場での異なる立場からの発信を排除することは科学・学術のあり方として適切でないし、リスクコミュニケーションのあり方としても拙劣といわなくてはならない。リスクを前に医師の判断を押しつけるのではなく、当事者に十分に情報を提供し、その判断を尊重することがインフォームドコンセントの大前提であるとすれば、医療倫理、生命倫理の基本にも背くものと言わなくてはならない。
日本学術会議はこの分科会が設置の趣旨にそった活動を行ったかどうか、批判的に問い直す必要があるだろう。そして、適切でなかったとすれば、どこに問題があったのかを明らかにして、どうあらためていくか検討し公表すべきだろう。科学・学術の倫理の基本に関わることだろう。

6. 首相官邸原子力災害専門家グループ
日本学術会議でこの問題の反省はまだなされていないのだが、首相官邸ホームページを見ると関連する記事があることに気づく。2013年10月末までに55の記事が掲載されている「原子力災害専門家グループからのコメント」というページだ。その中の「国民への知見の提供――日本学術会議の取り組み」(第29回)という2012年9月25日付けの記事で、執筆者は佐々木康人氏((独)放射線医学総合研究所前理事長、日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネージメント分科会委員長)、遠藤啓吾氏(京都医療科学大学学長、日本学術会議臨床医学委員会放射線・臨床検査分科会委員長)、山下俊一氏(福島県立医科大学副学長、日本学術会議臨床医学委員会放射線・臨床検査分科会副委員長、日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネージメント分科会委員)である。肩書は首相官邸ホームページに記載されたものをそのまま書き写している。
そこには、「震災発生後、……日本学術会議は震災・原発事故・復興の諸課題に積極的に取り組み、種々の活動を展開しています。17名の委員からなる東日本大震災復興支援委員会(委員長;大西隆会長)が設けられ、「災害に強いまちづくり分科会」、「産業振興・就業支援分科会」、「放射能対策分科会」などがそれぞれ活動を続けています」とあり、「震災当時の会長だった金澤一郎先生は、昨年6月、「放射線防護の対策を正しく理解するために」と題する会長談話を発表しました」とあるが、これは混乱を招くものだ。

すでにふれたように、日本学術会議は震災当時、金沢一郎氏(医学)が会長を務め、東日本大震災対策委員会を設け、「被災地域の復興グランド・デザイン分科会」、「エネルギー政策の選択肢分科会」、「放射線の健康への影響と防護分科会」の3分科会を設けた。その後、6月に金沢氏が定年で会長を辞め、残りの九月末までの任期を広渡清吾氏(法学)が務めた(このあたりの経緯は、広渡清吾『学者にできることは何か』岩波書店、2012年、参照)。そして、10月から新たに大西隆氏(都市工学)が会長となり2014年9月までの任期を務めている。2014年4月から9月まで「東日本大震災対策委員会」が設けられ、その3つの重要な分科会のひとつとして「放射能対策分科会」があり、2011年10月から東日本大震災復興支援委員会が設けられその下に新たに「放射能対策分科会」が置かれたのだ。

7. 放射線の健康への影響と防護分科会については何も書かれていない
首相官邸ホームページの「国民への知見の提供――日本学術会議の取り組み」では、「低線量放射線の健康影響をどう国民に伝えたらよいか/風評被害を克服するにはどうすればよいか/放射線によるリスクをどう理解してもらえばよいか/等を検討しています。昨年の原発事故後、多くの国民が放射線・放射能に対して不安を抱いています。科学者の間でも、見解の相違は当然ありますが、科学的そして客観的な知見を重要視し、国際的なコンセンサスも充分に吟味しながら、≪国民が安心して安全に生活できる≫ための良い提案を、これからも発していけたらと考えています」と述べられている。
筆者の筆頭は佐々木康人氏だが、同氏は「放射線の健康への影響と防護分科会」の委員長だった。「低線量放射線の健康影響をどう国民に伝えたらよいか」という問題がきわめて重要だった2011年4月から9月の時期、その責任者を務めた(選出されたのは6月後半だが)専門家が、その間のことにはまったくふれずに、2011年10月以降に始まった「放射能対策分科会」のことだけ述べているのは理解に苦しむところだ。
なお、「低線量放射線の健康影響をどう国民に伝えたらよいか」とか、「放射線によるリスクをどう理解してもらえばよいか」という捉え方は、そもそも権威主義的な科学観にのっとったもので不適切だと論じられてきた「欠如モデル」に基づくリスクコミュニケーション観を想起させるもので、当事者の理解や意思を重視した双方向的なリスクコミュニケーション観への転換が筆者の頭の中ではまだなされていないのではないかとの懸念を招くものだ。なお、執筆している3氏の肩書に見える日本学術会議臨床医学委員会の下の「放射線・臨床検査分科会」と「放射線防護・リスクマネージメント分科会」だが、これらは福島原発災害に対応する活動を積極的に行っている様子が見えない。
また、日本学術会議を「日本の全ての研究分野を代表する人々が選ばれていて、わが国の科学界を代表する最も権威のある団体と言えます」と説明している。放射線の健康への影響と防護についての日本学術会議の取り組みが、佐々木氏らの考え方にそったものであるかのように受け取られかねない叙述だが、実際はだいぶ異なる。2011年の5月以来、日本学術会議では、この問題についての専門家の取り組みが大いに問題にされ、佐々木康人氏や山下俊一氏らの行動や発言、そして金沢一郎会長の退任直前の「会長談話」「放射線防護の対策を正しく理解するために」が適切であったかどうか、繰り返し問われているというのが実際だ。このことは、広渡清吾氏『学者にできることは何か』や拙著『つくられた放射線「安全」論』(河出書房新社、2013年)にその経緯が述べられている。

8. 倫理性・道義性を逸脱してしまう科学者集団
 以上、見て来たように、佐々木康人氏を初めとする科学者たち――「放射線の健康への影響と防護分科会」や首相官邸原子力災害専門家グループに名を連ねる科学者たち――の3.11後の言動には科学性という点からも倫理性・道義性という点からも求められる基準に達しないものが多い。それは討議を行わず、委ねられた任務に向き合わなかったこと、討議もせずに集団の意志決定がなされていること、そのことについて問題があると自覚しているふしが見えないこと、そのような事態が明らかであるにもかかわらずそのことにまったく触れずにすませようとしていること、によって明らかだろう。
ここでは、放射線の健康への影響と防護分科会に関わる範囲のことだけを取り上げた。しかし、この科学者集団の問題ある行動は多岐にわたっている。それは3.11以前から行われており、3・11後にもいっそう顕著に行われたものである。その一部は、『つくられた放射線「安全」論』以外にも、「甲状腺の初期被曝線量をどのように(なぜ)調べ(なかっ)たか?――災害時の科学者・研究者の責任」続(1)続(2)( http://shimazono.spinavi.net/wp/ )にも示されている。
では、どうしてそのような行動や言説が積み重ねられていったのか。まず、(1)これらの科学者たちが強い政治的意志を共有していることによるだろう。放射線の健康影響が小さい、あるいは無視できるという主張によって利益を得る集団と政治勢力があり、それらの影響下にあるということだ。また、(2)これらの科学者たちが閉ざされた集団を構成しており、開かれた自由な討議を避けるような考え方をもっていることにもよるだろう。これは科学のあり方としても異様であり、民主主義社会において多様な個々人からなる集団の意志決定を行う仕方から見ても異様である。
このような集団は日本だけに特有なものなのだろうか。どうもそうでもないようだ。こうした科学者たちの背後には、日本の政府だけでなく、IAEA(国際原子力機関)やICRP(国際放射線防護委員会)、原子放射線の健康盈虚に関する国連科学委員会(UNSCEAR)といった組織も控えている。核(原子力)は国際的な軍事支配体制に関わっており、原子力開発もその体制から自由ではない。そうだとすると、世界の科学において、倫理性・道義性を逸脱するような制度枠組みが維持されてきたし、今も維持されてきていると見なくてはならない。そしてその体制は崩れていく途上にあるのではない。むしろ強化されつつあるのかもしれない。注意深く調べ、分析し、そこから脱する道筋を考えていかなくてはならない。

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