原発事故と放射能による健康被害について思うこと

福島原発事故について、私が健康被害の問題に関心をもつ理由の一つは、私の父が1945年に広島で被爆した可能性があることによっている。1920年生まれの父は、当時、精神医学を学んでおり、命令を受けて原爆投下直後の広島に入り数週間、犠牲者の脳の収集にあたった。最近、父がその後に書いた報告書が占領軍の資料のリストの中には見えるが、現物は発見されていないことを知った。

5月に結婚して、8月早々に広島に向かい、8月中ほとんど音沙汰がなかったので、母は何かがあってこれはもうだめかと思ったそうである。幸いその後、帰って来たが、「入市被爆」した可能性はかなり高い。1996年、父は白血病を発症し、1年後に死亡した。父の白血病が入市被爆の影響である可能性がどのぐらい高いのか、私には分からない。たぶん科学的に検証しようとしても方策がないだろう。

これは私にとって身近な例だが、広島や長崎の被爆者を別として、多くの方々にとってはかなり縁遠いことと感じられるだろう。1986年のチェルノブイリ原発事故の場合、子供の甲状腺がんについては顕著な増加が認められているが、他の被爆の影響について明確なデータは乏しい。では、これは被害はたいしたことなかったということなのかというとそうではない。調査がしにくいことが大きいだろう。被爆から白血病や他のがんの発病に至るまでの時間は長く10年、20年かかると言われており、その後の経過を的確に把握するのが容易でないのはいちおう理解できる。

福島原発の事故が起こってから、半径20キロの人は退去、20キロから30キロの範囲の人は屋内退避という指示が出されている。しかし、諸外国はもっと広い範囲にいる自国民い退去をよびかけている。これに比べると、日本政府の危険認識はずいぶん軽いように思われる。政府や報道機関も放射線の影響が低いことを強調している。かわりにかなりの遠方でも汚染物質が見出されていることについては発表や報道がなされにくいようだ。これは危険の認識はあっても無視、あるいは軽視しようと思えばできる、あるいはそうせざるをえない時には言わば黙ってそうするということを示すものだろう。

似たようなことは、原発の作業にあたる人々に対する安全基準についても言える。3月15日深夜配信のasahi.comのニュースでは、「厚生労働省と経済産業省は15日、東京電力福島第一原発で緊急作業にあたる作業員の被曝(ひばく)線量の上限を、現在の計100ミリシーベルトから同250ミリシーベルトに引き上げた。1人当たりができる作業時間を長くすることで作業効率を上げる狙いだ」と伝えている。急に基準が2.5倍に増した。原発の現場で働く作業員は、平常時の基準ではきわめて危険とされる作業にかなりの期間、取り組まざるをえないことになった。

つまり原発事故が制御できない期間が長引くにつれて、日本政府は放射線被害による安全基準を平常時とは異なるものにした。言わば「非常時」の基準で対処することにしたということだろう。それを撤回せよと言える人は少ないだろう。かんたんに肯定はできないとしても、他に方策がないではないかと言われれば引き下がらざるをえない状況だ。

だが、18日の時点で福島県からはかなりの人たちが遠方へ退去し始めている。宮城県、栃木県、茨城県の人たちはどうだろうか。放射性物質による健康被害の危険の認知は少しずつ広がっている。原発から拡散している放射能は放射性物質と関わっている。放射能そのものも増えているがその値は一見、危険であるようには見えない。しかし、放射性物質が体内に入って起こる危険は大きい。だから、福島原発から30キロ以内の屋内退避地域の人たちは、外出する際にさまざまな手順をとり汚染物質が屋内に、また体内に入らないよう、厳しい注意を受けているのだ。

では、これは30キロより外の人たちにはまったくあてはまらないのだろうか。この点について情報はほとんど明らかにされていない。30キロ以内の人とその外の人とで注意の必要性の度合いが極端に異なるとすれば、それはなかなか納得できない。福島県の30キロ外の人たち、あるいは宮城県、栃木県、茨城県の人たちが不安に思うのも当然のことだろう。政府やこの分野の専門的知識をもつ学者は、こうした事柄について正確な情報を提供すべきである。

地震、津波だけでも恐るべき被害が出た。その上に原発事故というたいへんな事態が生じた。日本国民にとっては未曾有の難局である。政府や担当機関、あるいは専門家が次々に押し寄せる難問に対処しきれないのはやむをえないところがある。だが、原発事故の放射能による健康被害の問題は、国民にとってきわめて重要な関心事だ。ぜひとも放射性物質の拡散防止に全力をあげて努めてほしい。また、このことに関わる情報の開示にも努めていただきたい。国民も報道機関もそのことをもっと求めていくべきである。

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