死の影に塞がれた心に新たな光を ――疎開と世代間連帯――

ベネチアについて9日で東北関東大震災が起こった。アパート住まいでテレビは日本の放送が入らない。最初は情報が得られず焦ったが、インターネットでNHKのテレビ放送が常時、見られるようになって、ある程度分かるようになった。海外にいて、自国のこのような未曾有の困難を遠くから見ているといても立ってもいられないような気持ちになる。

津波の映像を見ても、近しい人たちを失い残された方々の嘆きや、生活基盤を根こそぎ破壊された方々のことを思っても、原発の危機回避のために極限的な状況で働く方々のことを思っても、そして東京に住む今後の私たちのことを思っても胸が塞がる。重苦しい時間が続いてきた。

とても救いになるのは、当地のイタリア人の慰めの言葉と温かい振る舞いだ。テレビ放送ではかなり詳しく日本の災害の状況を伝えており、実状をある程度つかんだ上での見舞いの言葉はほっとする。知り合いの外国人からのメールもとても力になる。しかし、やはり帰心を抑えがたい。

私の場合、東北で被災した近親者はいなかったが、焦る気持ちをかきたてるのは、判断材料が乏しく安堵を求めてなかなか得られない原発の危機だろう。楽観と悲観が半ばし、新たな情報に一喜一憂する。そんななかで、内田樹さんの「疎開のすすめ」にはとても元気づけられた(http://blog.tatsuru.com/2011/03/16_1119.phpまた、朝日3/17)。この考えにはかみしめてよい味わいがあると思う。ちょうど娘や孫を送り出すことを決めたばかりの我が家の、やや不確かだった考えを裏づけてくれるように感じた。

私たちは大災害で甚大な痛みを負った。東北と関東北部、とりわけ太平洋沿岸部の方々のこうむった被害は想像を絶するものだ。加えて、原発の巨大な脅威が発生して、首都圏全体もどうして自らを守ればよいのか、正直いってうろたえている人も少なくないだろう。東京の住人としてそう実感している。

だが、この痛み、恐怖、不安を広く日本各地の諸住民の力を借りて、和らげていく方途はないものか。疎開はその候補の一つだと思う。ちょうど春休みが近づいてもいる。直接の苦難をこうむっていない西日本の力を借り、また広く西日本の人たちに東日本の援助に参与してもらうことにもなるだろう。

東日本に住んでいると思うだけで重圧感で胸苦しくなるのだが、転地することで閉ざされた視界が開けてくるかもしれない。また、そのことだけで震源地に近い海岸地域の被災者の救援にわずかなりと貢献することになるかもしれないと思うとちょっとほっとする。もちろん疎開生活は容易でないかもしれない。苦労が多いだろう。だが、苦労に見合う喜びもまったくないわけではないだろう。

加えてこれは世代間の力を融通しあう試みともなりうるかもしれない。私の場合、家族の疎開先は石川県だが、そこには90歳台で一人暮らしをしている義母がいる。幼児とその世話をする女性たちがそちらに行っている間、今度は私が留守宅で一人暮らしすることになる。私のような60歳前後の世代は放射能を恐れる理由が少ない。もし、少し人口が減った首都圏で新たな力の発揮の機会があるとすれば、残留者にとって悪くない機会になるかもしれない。

私はつねづね60歳を超えたら家事を含め、仕事にかたよってきた生活実践の幅を広めたいものと思っていた。今回、残留して一人暮らしをするとすれば念願かなって学生時代と同じように身の回りのことから始めて、もう少し仕事以外のことに力をさく機会となるだろう。

子供と子供の世話をする人たちが震災の苦難と放射能の影響を避けて疎開する間、中高年者は残留する。若い男女の活発な社会活動も少しは西へ移動する可能性がある。首都圏では中高年の比率が何がしか高まるのだ。その際、中高年者が新たな学習をし、新たな活気を得る機会となるかもしれない。

実は今数週間滞在しているイタリアのベネチアも高齢化が目立っている。観光都市化が進み、若い家族が居住するには住居費が高すぎる。また、狭い通りを歩けばすぐに橋があり階段を上り下りするので、乳母車はまったく使いにくい。子供を育てるのに便利な町ではないようだ。

だが、この古く美しい街で中高年者は上手に市民生活を楽しんでいるようだ。若い家族が少ないので、当然のことながら中高年者が多い場所が目立つ。あまりに高齢化するとこれは活力の喪失につながる。ベネチアの場合もその懸念はあるようだが、他方、元気な中高年の活気ある活動や楽しそうな交わりを目にすることも多い。

そういえば私たちは戦時中の疎開について前世代の人たちからたくさん話を聞いた。苦労が多かったのだが、実は貴重な経験の機会で得るものが多かったという語りの響きが脳裏に残っている。緊張感が続きがちの首都圏から離れることで、新たな生の可能性に接することがあるかもしれない。今度は戦災ではなく、地震・津波・原発事故による苦難の克服がもくろまれるのだが、そこから豊かな経験の可能性が生じるかもしれない。

私個人について言うと、これまで死生学という観点から高齢化社会の問題に応答することを求められることが多かった。そもそも現代日本を死の影の下で見ようとする企てに関わってきたのだ。巨大な災害による如実な死の影に脅かされている今、死生学の蓄積から応答するものはあるのか。この重圧の中でどこに新たな生の光を見出すことができるか今こそ問われていると感じている。多くの方々の苦難を思い、近しい者たちの将来を思って塞がる自らの心に、死生学の側面から力づけの声をかけることはできないか。「疎開のすすめ」はそうした問いへの貴重なヒントともなるだろう。

カテゴリー: 放射線の健康影響問題 パーマリンク