『国家神道と日本人』への批評について(2)――子安宣邦氏の再論に応答する

 10月10日に子安宣邦氏の「怒りを忘れた国家神道論――島薗進『国家神道と日本人』」という論説(第1論説)が、「ちきゅう座」(http://chikyuza.net/n/archives/3705)というサイトに掲載され、私はそれに対する応答を「『国家神道と日本人』への批評について――とくに子安宣邦氏の論説に応答する」と題して、私自身のこのブログ「宗教学とその周辺」に掲載した(第2論説)。これについて「ちきゅう座」から掲載の要請があり、私はそれに応じた。続いて、10月29日づけで「ちきゅう座」に子安氏の「イノセントな学者的欲求が犯す罪─「怒り」の理由」と題する島薗批判の再論が掲載された(第3論説)。この第3論説は私の論旨への誤解、無理解、および現在の国家神道をめぐる論争状況への誤解、無理解が顕著に見えるので、この論説で応答しておきたい。

 子安氏は、「国家神道」概念の見直し論が問題なのだと書いており、「国家神道」概念の現況についてのこの考え自体は誤りではない。だが、その「見直し」の内容が何かという点では誤っている。あるいは十分に理解していない。子安氏は「この見直し論とは、アメリカの対日占領政策にもとづくいわゆる神道指令が廃止を指示した国教としての神道、すなわち「国家神道」の定義の見直しを要求するものである」という。だが、見直し論は神道指令の規定する「国家神道」の見直しではなく、村上重良によって定式化された、宗教学的な基礎をもつ「国家神道」定義の見直しを要求しているのだ。

子安氏が引いているように、そもそもGHQの「神道指令」は、「非宗教的ナル国家的祭祀トシテ類別セラレタル神道の一派(国家神道或ハ神社神道)ヲ指スモノデアル」と「国家神道」を規定している。これは神社神道のみを国家神道とするものであり、戦前に用いられた行政用語に基づく狭い国家神道定義だ。

しかし、この定義は皇室神道や国体論の側面を組み込んでいないので、戦前の日本の宗教構造における国家神道の役割を小さく評価するものとなる。GHQは神社神道が国家と結びついていたために問題があったが、民間団体となれば宗教としての発展が可能になると考えた。その際、神社神道が皇室祭祀と不可分に結合していた側面には目をつぶった。占領統治の円滑化のために、日本の諸勢力の「国体護持」の要求に妥協したのだ。こうして皇室祭祀と切り離して国家神道を狭く定義したが、それは宗教としての神社神道の責任を少なく見積もることにも通じるものだった。

 これに対して、村上重良は『国家神道』(1970年)で、国家神道を「神社神道」「皇室神道」「国体論」の3つの要素からなるものと捉えた。とりわけ、神社神道と皇室祭祀が不可分のものとして形成されていった経緯を示すことに力を入れ、それはある程度成功した。「国家神道は、集団の祭祀としての伝統をうけついできた神社神道を、皇室神道と結びつけ、皇室神道によって再編成し統一することによって成立した。民族宗教の集団的性格は、国家的規模に拡大され、国民にたいしては、国家の指導理念である国体の教義への無条件の忠誠が要求された。国家神道の教義は、そのまま国民精神であるとされた」(223ページ)とあるとおりである。

 したがってGHQの「国家神道」定義と村上の「国家神道」定義は異なる。前者は神社神道に限定された狭い定義であり、後者は皇室祭祀や国体論の要素を組み込んだ広い定義である。私の理解では実際に3要素は密接に結びついていたものだったから、GHQの定義は相当に無理なものであり、60年代以降のこの語の用法は村上重良に代表される広い定義に傾いていた。70年代以降、村上の国家神道定義がスタンダードなものとして通用してきたと言ってよい。これに対する「見直し」要求は、GHQの定義に返るべきだという主張として現れてきた。「見直し」要求を明確に提示したのが、葦津珍彦(阪本是丸註)『国家神道とは何だったのか』(神社新報社、1987年、新版、2006年)である。

 そこでは、国家神道の定義について以下のように述べられている。「指令の定義のやうに「国家神道」を「神道の一派」を指すとすれば、日本国民の間に悠久な歴史を有する神道の一短期の一部にすぎない。/しかし、米人も御用日本人も、その理論的思考に欠くべからざる言語の概念があいまいで、「国家神道」の語を、時により人によって、勝手しだいに解釈してゐる。はなはだしい場合は「日本の国の伝統的精神を重んずる全宗派・全流派の神道」として用ゐる論も少なくない。問題の中心となる語の概念を、各人各様に、ほしいままに乱用したのでは、明白にしてロジカルな理論も、史観史論も成立するなずがなく、対立者の間の理論的コミュニケイションもできない。/本書では「国家神道」なる語の概念を、指令いらいの公式用語を基礎として論ずる。」(1987年版、6-7ページ)

 「国家神道」の「見直し論」について論ずるならば、村上の国家神道定義を全面否定するこの葦津ら神道史研究者の議論、すなわちGHQの狭い定義に返るべきだという論、そしてその論がもつさまざまな帰結を指すべきである。繰り返し述べてきたことだが、私の立場は村上の国家神道定義の弱点を修正しつつも、「神社神道」「皇室神道」「国体論」の3つの要素による定義のおおよそを支持するというものだ。

これは神社神道が皇室祭祀と密接に結合して形成されてきたという疑うことのできない事実に立脚したものであり、言うまでもなく戦前の精神の自由の抑圧や攻撃的な対外政策に国家神道の責任が大きかったという判断と結びついている。また、皇室祭祀を保持した戦後の体制を考慮に入れれば、日本の政教分離の現状はとても厳格だなどとは言えないという見方を提示するものだ。私の立場は、憲法の信教の自由の規定を具現化するには、GHQの国家神道定義に基づく政教分離の規定では不十分であり、皇室祭祀や靖国祭祀のような戦前の国家神道の継承体がもつ影響力を考慮に入れた国家神道制限の対応が必要だとするものである。

 子安氏は「国家神道」の概念をめぐる以上の論争経緯についてよく理解していない。子安氏が理解していないのは、(1)GHQによる「神道指令」の「国家神道」理解と村上のそれとはまったく異なるということ、(2)神道研究者の「国家神道見直し論」は、「神道指令」の定義ではなく村上の定義や概念把握に向けられており、「神道指令」の定義にもどろうとする葦津の立場にそったものであること、(3)私の定義や概念把握は大筋で村上のそれと一致しておりそれを継承するものであること、(4)GHQの「神道指令」は皇室祭祀をほぼそのまま保持するという政治的立場に立ちつつ皇室祭祀についてまったくふれていないため、政教分離の規定としても現在に至るまで重い問題を残していること、などである。

 では、神道史研究者はGHQの「神道指令」そのものを支持しているのかというとそうではない。それは、「神道指令」が神社神道が国家機関としての性格を失うだけではなく、皇室祭祀や天皇崇敬との結合を切断されかねないと考えたこと、さらに過去の内外の抑圧的攻撃的政策への責任を過剰に帰せられていると考えたことなどによる。この最後の点は、「神道指令」の中では、「神道ノ教理並ニ信仰ヲ歪曲シテ日本国民ヲ欺キ侵略戦争ヘ誘導スルタメニ意図サレタ軍国主義的並ニ過激ナル国家主義的宣伝ニ利用スルガ如キコト」というように表現されている。

 神道史研究者らは、この表現は神社神道=国家神道こそが「日本国民ヲ欺キ侵略戦争ヘ誘導スルタメニ意図サレタ軍国主義的並ニ過激ナル国家主義的宣伝」に関わった元凶だと受け取られかねないものだと理解して、大いに反発している。しかし、GHQの意図は、本来の神社神道は宗教であって、そのようなイデオロギーではないとするところにある。これは当時の、そして冷戦期のアメリカで典型的に信じられた宗教性善説にのっとった言説だ。子安氏が考えているように、神社神道こそが対外侵略に責任あると見なしているわけではないのだ。この一節をどう読むかという点では、新田均氏のような神道史研究者と子安氏が同じ立場であるのは興味深いことだ。GHQが皇室祭祀をほぼそのまま保持したことの意義についてまったく理解されていない。政治的立場は反対のように見えても、アメリカの占領政策に対する思い込みから自由になっていないという点では両者は似かよっている。

 だが、子安氏は国家神道について一書を著しながら、国家神道をめぐるこのような論争経緯について、どうしてほとんど理解していなかったのだろうか。子安氏は第3論説で次のように述べている。「たしかに私は自分の著書『国家と祭祀』について一言の言及もあなたの『国家神道と日本人』にないことが、この書を読む理由であったとさきの批判に書いた。そうでなければ「国家神道」と「日本人」とを結びつけた、そのタイトルからして胡散臭い岩波新書など読んでみる気にさえならなかったであろう。だが私の国家神道論が無視された理由をたずねてこの新書を読んで私は納得したのである。」つまり、子安氏は国家神道についてどのような議論が行われているかについては、あまり関心がないようである。「国家神道の現在」という副題をもつ書物を著されたのだが、国家神道についての議論の動向について深く知りたいという気持ちは持っていなかったということにもなろう。

 子安氏が自分の書物への言及がないからこの本を読んだと言われるのはどういう意味だろうか。氏は同じ主題を論じた書物であっても、自分が主張したいことと異なる関心で取り組まれ「胡散臭い」本には関心がないのか、それでも自分を無視した著者による同じ主題を論じた書物だから関心があるのか、よく分からない。しかし、国家神道について論じたさまざまな立場の論著にまずは耳を傾けようという姿勢ではないことはよく分かる。少なくとも拙著に書いてある主要な論点の多くをあまり理解しておられないことは、この文章で示したとおりである。自分の言いたいことに一致しているかいないか、一致していなければどこが間違っているか、そこだけに関心があるというのだろうか。そのような姿勢であれば、国家神道をめぐる現在の論争状況の基本的な問題がよく理解されていないのも当然ではなかろうか。

第2論説で私は「十分な根拠もなく、高い誇りに任せて人を怒鳴りつけるような議論からは、豊かな未来を生み出す力は育たない」と書いた。子安氏の第3論説を読んで、この苦い思いは強まるばかりである。

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