死生学におけるスピリチュアルケアの位置づけ

 

『日本スピリチュアルケア学会ニューズレター』第2号、2010年3月31日、

日本の死生学は英語圏のデス・スタディーズとは異なる独自の発展を経過してきている。今後、世界の死生学なりデス・スタディーズがどのような展開をとげていくか予測はできないが、日本の経験に即して死生学の輪郭を描き出し、その中でスピリチュアルケアがどのような位置を占めるかを示していくことは、死生学、スピリチュアルケア双方の今後の方向性を見定める役に立つはずだろう。

 現代的なスピリチュアルケアの発展は、ホスピス運動と密接に関連している。これまでの医療に欠けていた死にゆく者のケアがポスピスケアという形で具体化していくことによって、ホスピスやグリーフワークのスピリチュアルケアとしての側面が注目されるようになってきた。実はこうしたケアは死にゆく者やその周囲の人々に対してだけではなく、医療や教育の広い場面で求められているものではないだろうか。

欧米では、このスピリチュアルケアは特定宗教・宗派に属し、その立場から信徒のケアを行うチャプレンの行うべきものの新たな展開として理解されている。ホスピスでは宗教に強いコミットメントをもたない患者も、スピリチュアルペインに苦しみ、スピリチュアルケアを求める。ホスピスでは宗教所属を超えたスピリチュアルケアが必要となる。だが、そうであるなら従来からふつうの病院でなされていたチャプレンのスピリチュアルケアも形を変えていかざるをえないだろう。

 特定宗教・宗派を超えてなされるスピリチュアルケアとはどのようなものか。それを考えるには、人類が死生にどう向き合ってきたかを広く顧みなくてはならない。そもそも人類は死や性・生殖・誕生、病のような生の危機、死者の存在をどのように受け止めていただろうか。死生観の比較研究といった領域が求められる所以である。

現代の医療現場では、スピリチュアルケアの他にも死生観に関わるような問いが深刻に問われる場面が増大している。生命倫理で問われるような「人間の尊厳」とは何か、医療はどこまで人の死生に介入すべきなのか、といった問いである。特定宗教伝統に依拠した生命倫理では、現代人のニーズに応じることはできないし、社会的な合意を得ることも難しいだろう。

以上、二つの問題領域は、哲学、倫理学、宗教学、社会学などが取り組んできた問題領域だ。「基礎死生学」はこれらの問いを広く考察しながら、それらの知識が臨床現場でどのような意義をもつかを検証しようとする。文献読解やデスクワークを中心とする人文学にとっては、「現場」に関わることで伝統的な知の更新を図ることになる。

臨床現場に密着して考察が進められていくと、そこに「臨床死生学」というべき領域が展開してくる。この臨床死生学においては、スピリチュアルケアのあり方がその実際に即して問われることになるだろう。多くの場合、答は単純ではない。困難な問題に向き合うとき、死生学の他の問題領域で追求されてきた学知が役に立つはずである。

それはまた、現場の専門家だけが必要としているものではない。多くの市民が自ら死生の諸問題を探究している。青少年に対して、デス・エデュケーションは「いのちの教育」が試みられているが、そこで問われていることは、多くの市民にとっての問いでもある。死生学はそのような市民のニーズにも応じようとしているのだ。

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