福島県の学校の20mSv基準は適切か?──専門家・学者・ジャーナリストの自覚

4月19日に文部科学省と厚生労働省が示した「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」が国民に衝撃を与えている。「国民」といったが、とりわけ直接の当事者である福島県民への衝撃が大きかった。その骨子は、「ICRP(国際放射線防護委員会)の「非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベル」1~20mSv/y(1年あたり20ミリシーベルト)を暫定的な目安として設定し、今後できる限り、児童生徒の受ける線量を減らしていくことを指向」するというものだ。ここから複雑な換算を行って1時間あたり3.8μSvという数字を引き出し、これを福島県内の幼保育園と小中学校の校舎などを通常利用する際の限界放射線量とする具体的な基準が導かれる。

この「暫定的考え方」が大いに問題をはらんだものであることは、このブログの4月20日の文章「原発による健康被害の可能性と安全基準をめぐる情報開示と価値の葛藤」によって示した。そして、極端な放射能「安全」論のために住民がとまどい、判断に困るであろうこと、その点で「安全」を強調してきたメディアのこれまでの対応が不十分であることを述べた。

その後、4月29日に3月16日より内閣官房参謀関与を任じられていた原子力安全学の小佐古敏荘東大教授が参与の辞任の意を表明した。小佐古氏が公表した「内閣官房参与の辞任にあたって」において、同氏は「年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです」と述べ、「小学校の校庭の利用基準に対して、この年間20mSvの数値の使用には強く抗議するとともに、再度の見直しを求めます」と論じている。

内閣官房参与がこのように批判する「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」はいったいどのように決められたのか。4月19日に文科省から福島県教育委員会、福島県知事、地方公共団体の長らに送られた通知では、「去る4月8日に結果が取りまとめられた福島県による環境放射線モニタリングの結果及び4月14日に文部科学省が実施した再調査に結果について、原子力安全委員会の助言を踏まえた原子力災害対策本部の見解を受け」まとめたものだと述べている。

では、原子力安全委員会の助言とはどのようなものか。4月30日になって、実は議事録が残っていないことが明らかにされた(共同通信4/30 21:57http://p.tl/KJw4)。このような重要な役割を負わされた委員会に議事録がないというのは信じがたいことだ。しかも、原子力安全委員会は4月14日に20mSvではなく10mSvの基準を妥当としていたとも、同委員会の代谷誠治委員(核エネルギー学、京都大名誉教授)が10mSvの基準が妥当だと述べたとも伝えられた。

さらに、5月1日にはジャーナリストの江川紹子氏がブログhttp://goo.gl/QF0DHで、原子力安全委員会の他のメンバーである放射線防護学の本間俊充委員(日本原子力研究開発安全研究センター研究主事)が20mSvは不適切との考えを述べていることを明らかにした。これはインタビューによるものだが、本間氏は「今までは1mSv/年が安全か不安全かの境だと思っている住民に、いきなり20mSv/年を上限に設定したら、相当混乱するでしょう。特に、子ともに関して、飯舘村で計画的避難の指標として出した20mSv/年としたら、「とても受け入れられないでしょう」と申し上げた」と述べている。

このように政府の方針の決定に深く関与するはずの専門家が疑義を述べている20mSv/年基準を強いられるのは、福島県の住民、とりわけ子どもを持つ親たちにとってたいへんつらいことであり、容易に納得しがたいところだろう。事実、ツイッターなどでは福島県民の間に怒りが渦まいている様子がうかがわれる。福島県民はこれまで「放射能は安全だ」、政府や県は県民の健康を十分考慮しているという言説をたっぷり浴びてきた。それが丸ごとひっくり返るような事態と感じた県民も多かったにちがいない。

「安全」言説はどのように振りまかれてきたか。原子力発電所を積極的に支持してきた佐藤福島県知事の意向を反映するものかどうかは分からないが、福島県知事が招聘した福島県放射線健康リスク管理アドバイザーであり、原子力安全委員会のメンバーでもある山下俊一・長崎大教授が大きな影響を及ぼしてきたことは確かである。山下俊一氏が「安全」をことさらに強調してきたが、私は事故後の早い段階でこの重要な役割を負った人物の言説の特異さに驚いた。そして、このブログに「放射性物質による健康被害の可能性について医学者はどう語っているか」という文章を書き(3月23日)、山下氏の言説の問題点について述べた。

そこで引用した山下氏の語りの内容を以下に再掲する。「1度に100mSv以上の放射線を浴びるとがんになる確率が少し増えますが、これを50mSvまでに抑えれば大丈夫と言われています。原発の作業員の安全被ばく制限が年間に50mSvに抑えてあるのもより安全域を考えてのことです。/放射線を被ばくをして一般の人が恐れるのは将来がんになるかもしれないということです。そこで、もし仮に100人の人が一度に100mSvを浴びる と、が んになる人が一生涯のうちに一人か二人増えます(日本人の3人に一人はがんで亡くなります)。ですから、現状ではがんになる人が目に見えて増えるというよ うなことはあり得ません。」

これなら、一度にではなく1年に100mSvというような被ばく線量ではまったく安全だということになる。20mSvなどはその5分の1なのだから問題にもならないということになるだろう。だが、これは小佐古氏や本間氏が述べることと著しい隔たりがある。たとえば、江川紹子氏のインタビューの先に引用した箇所に続く部分で、本間氏は次のように述べている。

「ICRPは、大人も子どもも一緒でいい、などとは言っていません。確かに外部被曝の影響は大人も子どももあまり違いは出ていませんが、やはり子どもは感受性が高く、より守らなければならい。他に、妊婦などの感受性を考えなければならない人たちがいます。/今は、日本人の3分の1がガンで死にます。ガンを発症する理由はいろいろで、多くは何が原因か分からない。私のような年だと、多少放射線を浴びても、それが原因でガンを引き起こす前に、別の理由でガンになって死ぬでしょう。でも、子どもは余命が長い(ので、その間に影響が出る可能性は年長者より高い)。だから、子どもに関しては特にケアしていくべきです。」

このような発言は福島県を意識した山下氏の発言には見られない。原発事故以後の山下氏の発言で目立つのは、決意をもって福島の地に留まるべきだという精神主義的な鼓舞である。3月21日の講演会の筆記録を見ると、山下氏は次のように述べている。

「今は非常事態ですからご心配が多いけれども、いずれこれは治まって、安全 宣言がされて、復興のいかづちを上げなくてはいけません。しかし、今はその渦中です。火の粉が降り注いでいるという渦中で、これをどう考えるかということ を皆様方は念頭に置いてください。今その渦中にいる我々が予測をする、あるいは安心だ、安全だという事は、実は非常に勇気のいる事であります。危ない、危 険だ、最悪のシナリオを考えるという事は、これは、実は誰でも出来るんです。しかし、今の現状を打破するためにどう考えるかという時に、今のデータを正直 に読んで皆様に解釈してお伝えするというのが私たちの役割であります。」http://ameblo.jp/kaiken-matome/entry-10839525483.html

山下氏の個人的信念としてはどうこういうべきものではないが、これは「死に至る病をも恐れず、安全と信じて戦おう」と福島県民に訴えているわけだ。福島県放射線健康リスク管理アドバイザーや原子力安全委員会の委員の公衆の前での発言として適切なものだろうか。また、このような信念のもとで「100mSv以下はまったく安全」と説かれているとしたら、疑いの念が起こらないだろうか。

影響の大きい専門家としての科学者がこのように特異な言説を語って来たことは、福島県民にとってたいへん不幸なことだった。だが、加えてマスメディアがこうした専門家の言説をそのまま無批判に受け入れ、垂れ流してきたことも大いに問題である。

このブログに掲載した「原発による健康被害の可能性と安全基準をめぐる情報開示と価値の葛藤」でも述べたように、朝日新聞は4月20日の朝刊で「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」報道する際、唯一、山下俊一・長崎大教授の「人体への影響はほとんどない」というコメントを載せている。朝日新聞は、21日の夕刊、22日の朝刊等で繰り返し、山下氏やそのチームの専門家の見解をそのまま述べている。

それはその後も続く。24日の朝刊の「ニュースがわからん!ワイド」では「放射線、体にどんな影響があるの?」で「普通は、この値が100ミリシーベルトを超えなければ、体に影響は出ないとされている」と述べている。27日朝刊の「ニュースがわからん!ワイド」「放射能、子どもは大丈夫かしら?」でも、この言葉はそのまま記されている。だが、「影響は出ない」というのは真実か。

先の江川氏によるインタビュー記事で、本間氏は「我々放射線防護の観点では、100mSvを超えなければ「確定的影響」はないが、それ以下でも「確率的影響」はあると考えます」と述べている。「確定的影響」とは「大量の放射線を浴びてしまい、体の組織に対してすぐ影響が出ることで、深刻な場合は死に至ります」。一方、「確率的影響というのは、すぐに身体に影響は出ないけれども、その後何年かして一定の確率でガンを発症する場合などを指します」という。「影響は出る」のだ。

朝日新聞の記事は、本間氏の見解から見れば誤りだし、おそらくかなり多くの専門家が誤りであると述べるだろう。なぜ、そのような言説を繰り返し述べ続けているのか。取材源が特定専門家に限られているのではないか。あるいは特定専門家の言説をもとにしたある「教説」を記事執筆の基準に定めたのだろうか。

朝日新聞のように多くの読者がおり、影響力の大きい新聞がこのような一方的な記事を繰り返してきたことは残念なことである。少なからぬ福島県民は、山下氏やそのグループの専門家の狭い考え方を福島県とマスメディアの双方から押し付けられてきたと感じている。そのために対策が遅れたのではないかと問われたら、山下氏や朝日新聞はどのように釈明するのだろうか。

これは福島原発事故の発生以来、繰り返されてきたパターンである。「安全安全と主張され受け入れてきた。後になってそうではないということを知らされた。いったい誰に欺かれてきたのか」と。原発事故のような危機が起こったとき、専門家、学者、ジャーナリストにはふだんとは異なるタイプの応答が求められている。なかなか果たすのが容易でないその責任を適切に果たしているかどうか、自戒を込めて考え続けていきたい。

カテゴリー: 放射線の健康影響問題 パーマリンク