科学者と政府のよくない関係

『科学』(岩波書店)2014年2月号

「御用学者」「原子力村」
 原子力や放射線健康影響を専門とする科学者を中心に、多くの科学者が危険は小さい、被害の可能性を過大評価してはいけないとの立場にそった発言や情報提示を行ってきた。公衆が知りたいはずの重要な情報が公開されなかったり、隠されたりしていると疑われることも少なくなかった。放射性物質を帯びた気流が地域に及ぶことを予測する情報が適切に伝えられなかったことについて、あるいは汚染水処理対策がひどく遅れたことについても科学者に責任があるとの見方がある。 これは安全のための措置を注意深く準備し、万全の対策とるという立場と対立する。

 リスクの評価に際しては、過大評価することが大きなデメリットをもたらすので、そうならないような「リスクコミュニケーション」が必要だという。そしてそれは、安全のためのコストを縮減することに通じるから、原発推進に資するものと考えられた。そのことが公言されることもあり、そうでなくてもそう受け止められるような組織的行動が多々なされてきた。そこで、「御用学者」とか「原子力村」という用語が用いられるようになった。
 原子力工学や放射線健康影響政府側に立つ科学者たちは、原子力発電を推進するための政治・経済的組織と密接な関係をもっていると見なされている。たとえば、大学の原子力工学の講座のスタッフと関連業界や政府組織との人事交流は密接だった。また、放射線健康影響研究の分野では、電力会社の出資によって運営されている電力中央研究所が、低線量被曝の健康被害は小さいということを示す研究で大きな役割を果たしてきた(拙著『つくられた放射線「安全」論』河出書房新社、2013年)。このように政治的に対立が生じている領域で、多大な利益関与をもち大きな影響力を行使することができる機関が大きな影響力を及ぼしているのではないかと疑われる事態が生じた。
開かれた討議の欠如 
 政府と科学者との関係のあり方が適切であるかどうかも問われることとなった。原子力開発や放射線健康影響に関わる分野の政府の審議においては、異なる立場の科学者や分野が異なる科学者(社会科学者や人文学者も含めて)がメンバーとなり、審議に加わることが積極的に行われていいただろうか。また、審議の内容が公衆に見え開かれた討議と公論の形成に資するようなものになっていただろうか。大いに疑いをもたれている。議事録が欠如していたり、委ねられた審議をほとんどせずに意思表明を行うというような例も見られた 。
 また、異なる科学的見解があるにもかかわらず、対立する意見の一方が排除されているのではないかと疑われもした。たとえば、一方の立場の科学者の能力や業績が正当に評価され、同じ場で討議をすることができないでいるのではないかと疑われることがあった。異なる立場の科学者の間で討議が行われることが求められるのは科学において当然のことだが、それが行われない状態が続いていると疑われた。原子力工学においても、放射線健康影響の分野でもそのような事態が生じた。
 科学は異なる知見が争い合うことによって発展してきたのであり、異なる知見の公表と自由な討議は大いに歓迎されるべきものだ。統一的な知見を提示できない場合、公共的な討議を経てどのような知見をどの程度、政策に反映するかは政治的な判断に委ねられることもあるだろ。だが、その前提は一方の立場が排除されるようなことがなく、公開の場で異なる立場の間の討議が行われ、公衆が理解し判断するための素材が十分に得られる必要があるだろう。しかし、2011年3月以降の状況はそのようになっていない。むしろそれを否定するような知見も政府周辺から示されている 。こうした開かれた討議の欠如は科学の信頼喪失の大きな要因となった。
国際的な構造体と一体の科学領域
 このような科学のあり方は、日本だけに特徴的なものではない。国連科学委員会(UNSCEAR)、国際放射線防護協会(ICRP)、国際原子力機関(IAEA)といった機関が背後にあり、日本の科学者・専門家はこれらの機関に出入りする世界各国の原子力関係の科学者・専門家と密接に連携して行動している。そしてその背後には、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアなどの核大国が控えている。もちろん各国の代表の中にはさまざまな立場の人がいる。しかし、核大国の影響下にある主流は、原子力推進に都合がよい「科学的情報」を提示することに熱心なのである。
 そして科学者の国際組織も、原子力、とりわけ放射線健康影響分野では、国際原子力ロビーの影響下にあり、国連科学委員会というような政治的な学術組織をもって、できる限りの科学の政治的統制、方向付けを行おうとしている。科学の国際的統御体制ともいうべきものがあるのだ。日本政府は1956年に科学技術庁を設立し、1957年に放射性医学総合研究所(放医研)を置いて放射線健康影響分野を統御する体制を基礎づけて以来、この国際的統御体制に積極的に加担しようとしてきた。だが、日本のこの分野の科学者が当初からそれに積極的だったわけではない。
 これは放医研の第2代所長である塚本憲甫の伝記を読めばすぐに分かる(塚本哲也『ガンと戦った昭和史――塚本憲甫と医師たち』上・下。文藝春秋社、1986年、文春文庫版、1995年)。塚本は放医研所長として何度も国連科学委員会の会議に参加するが、当初からその政治性に辟易している。そして、核大国の科学者たちがその国家意思を強く主張する中で、何とか被爆国日本の主張を示そうと努めた。1980年代以降ともなれば、放医研所長の見識がだいぶ異なるものになるだろう。チェルノブイリ事故以後は原発推進国の中核国の1つとして、国連科学委員会でも大きな役割を委ねられるようになってくる。
現代世界の闇を明るみに出す福島原発災害
 国連科学委員会のような組織は、学術組織として特異なものである。政府によって指名された国家代表として科学的問題について論じあう。そしてそれが世界の権威ある標準的科学説として認められることになる。これはあらゆる人々に開かれている自由な知的探求としての科学とは異なるものだ。現代科学には政治的意志に従属するある領域が隠し込まれてきたのだ。これは現代世界の闇を映し出す事柄の1つと言ってよいだろう。
 福島原発災害は放射線の健康影響問題を通して、こうした現代世界の闇を露わにしようとしている。チェルノブイリ事故後にもそういう可能性はあった。しかし、チェルノブイリ事故の当事国は旧ソ連統治下にあり、そこで統制された科学が力をふるうことはさほど不思議なこととは思われなかっただろう。しかし、日本の場合はそうではない。自由主義陣営に属し、長期にわたって民主主義を維持し、世界に名だたる経済大国である。その日本でチェルノブイリ当事国にもまさるとも劣らぬ統制された科学者・専門家が力をふるい、そのために著しく信頼を失ったのだ。
 アメリカ合衆国がその先頭になって作り上げられてきた現在の世界の自由主義国家体制には多くの闇が隠されている。科学も哲学もその闇を担う当事者としての側面をもっている。そのことに十分に自覚的でありつつ、現代世界の科学・学術のあり方を明らかにしていく必要がある。それは現代の科学哲学、公共哲学、また倫理学の重い課題の1つではないだろうか。

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