低線量被ばくに対する政府の対策の基本をどう定めるのか、細野豪志「原発事故の収束及び再発防止」担当大臣の要請で、放射性物質汚染対策顧問会議(8月25日、内閣官房設置)が「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」(以下低線量WGと略記)を設置した。
この低線量WGは「国内外の科学的知見や評価の整理、現場の課題の抽出、今後の対応の方向性の検討を行う場として」設けられたもので、主査は長瀧重信氏と前川和彦氏である。11月15日から8回にわたる会合をもった。討議の結果は、12月22日、「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書」として公表された。http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf
放射線被ばく防護に関する国際的協議機関であるICRPは緊急時から復旧期に移行した段階で1~20mSvのどこかに「参考レベル」を設定するように勧告している。5mSvにも10mSvにもすることができるが、この低線量WGの報告書は日本政府にこれを20mSvとするよう指示したものである。
主査の一人、長瀧重信氏は元長崎大学教授で山下俊一氏と同分野の先任者であり、その前は放射線影響研究所の理事長を務めた人物である。前川和彦氏(東京大学名誉教授、放射線医学総合研究所緊急被ばく医療ネットワーク会議委員長)はもともと放射線医学の専門ではなく救急医療の専門家だ。JCO事故の際、放射線被ばくに関わるようになった(NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命――被曝治療83日間の記録』岩波書店、2002年、新潮文庫版、2006年、p.14)。緊急被ばくについてはそれ以後、少しは詳しくなったかもしれないが、放射線被ばくについての関わりが短い上に、低線量被ばくについては研究に携わったことはない。したがって、このWGの審議をリードしたのは、放影研や長崎大学に勤務し、チェルノブイリの調査にも加わって低線量被ばく問題に長期に関わってきた長瀧重信氏と見るのが順当だろう。
このWGの他のメンバーは、遠藤啓吾(京都医療科学大学学長、日本医学放射線学会副理事長)。神谷研二(福島県立医科大学副学長、広島大学原爆放射線医科学研究所長)、近藤駿介(原子力委員会委員長、東京大学名誉教授)、酒井一夫(放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター長、東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻客員教授)、佐々木康人(日本アイソトープ協会常務理事、前放射線医学総合研究所理事長)、高橋知之(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会委員、京都大学准教授)である。
多くのメンバーはこれまで低線量被ばくによるリスクは小さいということを強調してきた人々であり、それは首相官邸HPの原子力災害専門家グループのコメントを見ると明らかである。http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka.html したがって、日本弁護士連合会(日弁連)が「政府に対し、閉ざされた「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」を即時に中止して、多様な専門家、市民・NGO代表、マスコミ関係 者の参加の下で、真に公正で国民に開かれた議論の場を新たに設定し、予防原則に基づく低線量被ばくのリスク管理の在り方についての社会的合意を形成するこ とを強く求めるものである」との会長声明を11月25日付けで出しているのもよく理解できるところだ。http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/111125.html
実際、「低線量被ばくのリスク管理に関するWG報告書」はICRPの勧告の範囲でもっとも高い許容被曝線量20mSvを設定した。それでよいという理由を言うために楽観論に都合のよい情報をあれこれと持ち出し、都合の悪い情報は隠されていると私は考えている。これまで低線量被ばくの健康影響について多くの情報が提示され、科学者の見解も分かれることがよく知られてきたが、それについてはほとんど触れられていない。この内容では、福島県の住民をはじめ、多くの国民がこの報告書に納得できない思いをもつのは当然だろう。
この報告書がまとめられるのとほぼ同じ時期に、医学情報誌にこの報告書をまとめる中心人物である長瀧重信氏が自らの考えを積極的に示した論考が掲載された。それは『医学のあゆみ』239(10)(12月3日刊)で、長瀧重信氏の企画で「原発事故の健康リスクとリスク・コミュニケーション」を特集しており、その冒頭に同氏の「はじめに」が置かれている。http://www.ishiyaku.co.jp/magazines/ayumi/AyumiBookDetail.aspx?BC=923910
以下、この論考について検討し、低線量被ばくWGの審議の進め方やその報告書にの背後にある考え方が大きな問題を抱えたものであることを明らかにしていきたい。 続きを読む →